【不動産ニュース】介護保険制度が直面する「2つの不足」(下)-「通い」の場や住民主体の地域づくりを巡る論点と課題|ニッセイ基礎研究所
2019年7月30日 10時30分
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■要旨 3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格化しつつある。(上)では過去の制度改正の流れを見つつ、介護予防を強化する流れが強まっている点を確認したほか、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」が大きな制約条件となる中、認知症ケアなど「多様化・複雑化するニーズへの対応」を迫られている難しさを浮き彫りにした。 (下)では、高齢者が体操などで日常的に通える「通い」の場が制度改正の柱になっているため、これを巡る論点や課題を考察する。具体的には、「通い」の場の整備が「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に対応する目的が秘められている点を明らかにする。その上で、地域福祉を巡る法体系から見ると、「通い」の場はごく一部に過ぎない点を論じ、実効性が担保できるのかどうかを問う。 さらに、「通い」の場や介護予防・日常生活支援総合事業(以下、新しい総合事業)の拡充が論じられる際、地域づくりや住民主体が論じられている点を考察し、地域づくりや住民主体が「2つの不足」に対応するための方策と考えられている点を取り上げる。 しかし、こうした考え方は制度の持続可能性を確保するための論理であり、「通い」の場に通ったり、こうした場を運営したりする住民のスタンスとは大きな乖離が存在する。そこで、社会心理学の「互恵的利他性」などの概念も使いつつ、「通い」の場などの拡充を図る上では、「住民の見方」で発想する必要性を強調する。 ■目次 1――はじめに~重要な柱とされる「通い」の場づくり~ 2――「通い」の場を巡る議論   1|「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状   2|「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状に対する評価 3――地域福祉に関する法体系からの違和感   1|地域福祉の法体系から見た介護保険制度   2|地域福祉法改正論議と整合していない現状 4――生活をベースにした「住民の見方」からの違和感   1|住民活動を「2つの不足」に対応する方策として捉える問題点   2|ボランティアに参加する動機   3|『地域づくり戦略』の長所と短所   4|住民主体の地域づくりを考える視点 5――おわりに 1――はじめに~重要な柱とされる「通い」の場づくり~ 3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格化しつつある。(上)では過去の制度改正の流れを見つつ、介護予防を強化する流れが強まっている点を確認したほか、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」が大きな制約条件となる中、認知症ケアなど「多様化・複雑化するニーズへの対応」を迫られている難しさを浮き彫りにした。 (下)では、高齢者が体操などで日常的に通える「通い」の場が制度改正の柱になっているため、これを巡る論点や課題を考察する。具体的には、「通い」の場の整備が「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に対応する目的が秘められている点を明らかにする。その上で、地域福祉を巡る法体系から見ると、「通い」の場はごく一部に過ぎない点を論じ、実効性が担保できるのかどうかを問う。 さらに、「通い」の場や介護予防・日常生活支援総合事業(以下、新しい総合事業)の拡充が論じられる際、地域づくりや住民主体が論じられている点を考察し、地域づくりや住民主体が「2つの不足」に対応するための方策と考えられている点を取り上げる。 しかし、こうした考え方は制度の持続可能性を確保するための論理であり、「通い」の場に通ったり、こうした場を運営したりする住民のスタンスとは大きな乖離が存在する。そこで、社会心理学の「互恵的利他性」などの概念も使いつつ、「通い」の場などの拡充を図る上では、「住民の見方」で発想する必要性を強調する。 2――「通い」の場を巡る議論 1|「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状 高齢者が体操などで日常的に外出できる機会を作る「通い」の場については、「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という制約条件に対応する目的があり、この点は(上)で指摘した通りである。 つまり、「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制、要介護度の維持・改善→介護給付費の抑制」「介護予防の強化→要介護高齢者の減少・抑制→少ない労働力で増大する需要増に対応」という論理構造であり、厚生労働省は次期介護保険制度改正の柱の一つに据えるとみられる。この点については、幾つかの政府文書が物語る。 時系列で追うと、2019年5月に開催された「2040年を展望した社会保障・働き方改革本部」(本部長:根本匠厚生労働相)の第2回会合で、厚生労働省は「健康寿命延伸プラン」を公表し、ここで「通い」の場に参加する高齢者の比率を2020年までに6%に引き上げる方針を盛り込んだ。 さらに今年6月に決定された政府の「認知症施策推進大綱」でも介護予防に役立つ「通い」の場への参加率を2025年度までに8%程度に高める方針が示された。 「通い」の場をめぐる現状と拡充のイメージは図1の通りであり、同月に閣議決定された骨太方針2019(経済財政運営と改革の基本方針2019)や成長戦略実行計画でも「通い」の場の充実に向けて、自治体に対する財政インセンティブ制度である「保険者機能強化推進交付金」制度の抜本的な強化を図るとしている1。 こうした流れを見ると、厚生労働省が「通い」の場を重視しており、その拡充が2021年度の介護保険制度改正の柱の一つになるのは間違いない。 こうした「通い」の場の拡充に向けて、厚生労働省は一般介護予防事業の拡充を図るとともに、2015年度制度改正で導入された新しい総合事業の充実を模索している。ただ、(上)で述べた通り、新しい総合事業における新しい担い手は拡大しておらず、むしろ総合事業への移行に伴って、訪問介護や通所介護から事業者が撤退している実態も話題となった2経緯もあり、厚生労働省は住民やボランティアなど多様な主体の参画に期待している。 1 このほか、最終段階では削除されたが、認知症施策推進大綱の素案段階では「2040 年度末までに15%」という目標が示される一幕もあった。2019年5月16日第3回認知症施策推進のための有識者会議「今後の認知症に関する政府の取組み(案)」を参照。 2 2018年2月20日の衆院予算委員会では、当時の加藤勝信厚生労働相が2018年1月時点の調査として、250市町村で撤退する事業者がいると答えたことを明らかにした。第196国会会議録2018年2月20日衆院予算委員会議事録を参照。その後もメディアで撤退事業者の存在が指摘されている。2018年9月28日『シルバー新報』、2018年6月21日『毎日新聞』を参照。 2|「通い」の場が制度改正に位置付けられている現状に対する評価 筆者も2つの「不足」に対応する上で、「通い」の場をはじめとする高齢者の社会参加が重要な点は理解している3。さらに、(上)で述べた通り、介護保険財政の逼迫が予想されている上、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が給付抑制策の一環として、新しい総合事業の対象を要支援1~2だけでなく要介護者に拡大するよう提案している4ことも踏まえると、将来的な給付範囲の縮小を意識しつつ、地域での一層の受け皿づくりが求められる。 しかし、「通い」の場の拡大が介護保険の制度改正の柱に位置付けられていることについては疑問を感じる。(上)で述べた「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という「2つの不足」に対応する上では、財源確保や給付範囲の縮小といった大幅な制度見直しが求められているにもかかわらず、現時点で効果が必ずしもハッキリしない「通い」の場に多くを期待している点には違和感を禁じ得ないためである。 さらに、「通い」の場を含めた地域づくりを巡る議論については、(1)地域福祉に関する法体系からの違和感、(2)生活をベースにした「住民の見方」からの違和感――も持っており、以下で述べていく。 3 この点については、厚生労働省の「健康寿命の延伸の効果に係る研究班」が介護予防による費用抑制の効果について、「医療費に比べると、より効果が期待できるのではないか」と指摘している。2019年3月28日「『健康寿命の延伸の効果に係る研究班』の議論の整理」を参照。 4 2019年6月19日財政制度等審議会「令和時代の財政の在り方に関する建議」を参照。 3――地域福祉に関する法体系からの違和感 1|地域福祉の法体系から見た介護保険制度 まず、地域福祉に関する法体系との齟齬である。介護保険は地域福祉を構成する一つの制度に過ぎず、障害者総合支援法や生活保護法、生活困窮者自立支援法、児童福祉法など様々な法律が地域福祉に関係する。さらに、これらの根幹を定めるため、社会福祉法という法律が整備されており、条文に沿うと、「社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項」を定めている。このほか、市町村は社会福祉法を基に「地域福祉計画」を定めることが可能であり、2018年4月1日現在では、75.6%の1,316市町村が地域福祉計画を定めている5。つまり、地域福祉の全体の枠組みで見れば、介護保険法はパーツの一つに過ぎない。 高齢者福祉についても、介護保険法だけでは語れない。高齢者の福祉に関しては、1963年に老人福祉法という法律が制定されており、都道府県と市町村は「老人福祉計画」の策定を義務付けられている。実際、市町村が3年周期で改定する「介護保険事業計画」は老人福祉計画と一体的に策定されている。 つまり、こうした高齢者福祉を進める方法論の一つとして介護保険法が制定されており、2021年度介護保険制度改正で話題になっている「通い」の場や新しい総合事業は介護保険制度のごく一部に過ぎない。 こうした整理を踏まえると、地域福祉を巡る法体系は「社会福祉法→老人福祉法→介護保険法」の順で施策が絞り込まれる構造になっており、「通い」の場や新しい総合事業は介護保険制度のごく一部に過ぎない。このように地域福祉全体の枠組みで言えば、ごく一部に過ぎない「通い」の場を増やすことで、地域福祉の枠組み全体を変えることが果たして可能だろうか。本来、「通い」の場を含めた住民の支え合いを考えるのであれば、地域福祉計画の在り方や関係者との連携などを含めて、もう少し大きな視点が必要と考えられる。 5 厚生労働省「市町村地域福祉計画策定状況等の調査結果概要」(2018年4月1日現在)を参照。 2|地域福祉法改正論議と整合していない現状 その一方、地域福祉の関係では現在、分野・縦割りにこだわらない地域福祉を実現する「地域共生社会」が重視されている。現在の動きとしては、社会・援護局を事務局とする「地域共生社会に向けた包括的支援と多様な参加・協働の推進に関する検討会」が今年5月にスタートし、「多様なケア・支え合う関係性の充実によるセーフティネットの構築」に向けた視点の一つとして、「地域における出会いや学びの場を作り出し、多様なつながりや参加の機会が確保されることで、地域住民のケア・支え合う関係性が生まれる」「セーフティーネットを構成する多様なつながりが生まれやすくするための環境整備」が論じられている。 これを介護保険制度改正の見直し論議と比べると、多様な主体や支え合い、(社会)参加などの言葉は共通しているが、過去の検討会に提出された厚生労働省の資料を見る限り、骨太方針2019に盛り込まれたり、老健局所管の介護保険部会で頻繁に使われたりしている「通い」の場という言葉は使われておらず、どこまで整合性が取れているのか疑問である。 4――生活をベースにした「住民の見方」からの違和感 1|住民活動を「2つの不足」に対応する方策として捉える問題点 「通い」の場を巡る違和感の2つ目として、住民の生活から見た感覚を挙げたい。先に触れた通り、住民主体による「通い」の場の整備は「介護保険財源の不足」「介護現場における労働力の不足」という制約条件に対応するための施策として位置付けられており、制度を運営する厚生労働省の立場から見れば、十分に理解できる論理である。 つまり、「介護保険に基づく財源や労働力は重度者に限定し、それ以外は地域で支える」という発想である。この点は時折、国・自治体の資料や発言などで使われる「総力戦」「住民を巻き込む」といった言葉遣いに反映されている。 しかし、これは制度の持続可能性を重視する「官の論理」であり、これだけで住民の行動変容を促せるとは思えない。そこで住民の見方に発想を転換し、住民が助け合い活動やボランティアに身を投じる理由を探る必要があるだろう。 2|ボランティアに参加する動機 では、住民はなぜ助け合い活動に参加するのだろうか。人が人を助けたり、ボランティア活動に参加したりする動機については、哲学や倫理学、社会心理学、社会福祉学、行動経済学、医療人類学などで様々な議論や研究が蓄積されているが、多くの研究や議論では「他人を助けたい」という利他的な気持ち(利他心)だけでなく、「自己達成感を得られる」「活動が仕事や生活に役立つ」といった利己心など複数の要因が絡むと考えられており、単純に論じることはできない6。 こうした中でも「互恵的利他性」(reciprocal altruism)という社会心理学の概念が興味深い。この考え方に沿うと、人が人を助ける時には利他性だけではなく、「人を助けた方が自分も助かる」というプラスの関係性が利益を得られるという期待が込められていると考える。つまり、「ギブ・アンド・テイク」か、「困った時はお互い様」という精神であり、利他性だけでなく利己的な目的も込められていると考える7。 それ以外にも、ケアの倫理を考察した古典的な書籍では「ケアとは、ケアする人、ケアされる人に生じる変化とともに成長発展をとげる関係を指している」と指摘しており、ケアされる人だけでなく、ケアする人もケアを通じて自己実現できる点を指摘している8。 こうした議論を踏まえると、「他人を助けたい」という一方的な利他的な気持ちだけでボランティア活動が長続きするとは思えない。具体的には、「色んな人と会えるので楽しい」「感謝されるのが嬉しい」「達成感を得たい」といった利己的な欲求に加えて、「人間関係や知識が仕事や生活に役立つ」などの打算的な判断も混じるからこそ、人はボランティア活動に時間を費やすのではないだろうか9。 例えば、高齢者が「通い」の場に行くのは、別に財政や人手不足に対応するためではなく、「友達と会えるので楽しい」とか、「共通の趣味や話題で盛り上がれるなどの面白い」といった理由であろう。あるいは「健康づくりや医療・介護サービスについて有益な情報を得られる」という実利的な判断も絡んでいるかもしれない。 これは「多様な主体」「担い手」として期待される住民も同じである。住民が「通い」の場を作ろうとする際、「困った人を助けたい」「困った時はお互い様」という利他心や互恵的な気持ちだけでなく、「楽しい」「面白い」「嬉しい」「参加したら少しお得」といった気持ちも混じっているはずである。 いずれにせよ、「介護費用が10兆円だから」「介護現場で働く労働力が2040年に不足するから」などと、財源と人員という「2つの不足」に対応するだけの目的で、住民がボランティア活動に時間と機会費用(手間暇)を掛けることは考えにくい。「2つの不足」に対応するため、地域づくりを考えようとする「官の論理」を住民の生活に持ち込んでも有効的とは思えないのである。 6 例えば、ボランティア・モチベーションのVFI(the volunteer functions inventory)と呼ばれるモデルでは、①価値(利他的動機)、②理解(社会勉強や人生経験にプラスと期待)、③社会(付き合いとして参加)、④キャリア(知識や能力を試すチャンスとして期待)、⑤防衛(自分よりも不幸な人を助けることで罪の意識を払しょくしたいという期待)、⑥強化(自尊心や自己肯定感を高めることを期待)――に区分している。E.Gil Clary et.al(1998)“Understanding and Assessing the Motivations of Volunteers“Journal of Personality and Social Psychology Vol.74 No.6, pp1516-1530を参照。さらに、三谷はるよ(2016)『ボランティアをうみだすもの』有斐閣は日本人のボランティア参加の動機について、①ボランティア行動に伴う時間や金銭の消費に耐えられる資源を持っていると、ボランティアに参加するという資源理論(合理的選択論)、②他者に共感を持った時、ボランティアに参加する「共感理論」、③宗教的な人ほどボランティアに参加するという「宗教性仮説」、④個人が身を置いた社会環境に影響される「社会化理論」――の4つの仮説について検証し、「他者を支援する近所の人などに幼少期から触れている人がボランティアに参加しやすい」と結論付け、社会化理論の重要性を論じている。 7 この考え方の関係では、人が助け合う理由として、太古の昔から協力し合うことで社会を進化させてきたという人間の歴史に加えて、協力しなければ集団から排除される「罰」を受ける点に求める議論がある。Samuel Bowles, Herbert Gintis(2011)“A Cooperative Species”〔大槻久ほか訳(2017)『協力する種』NTT出版〕を参照。 8 Milton Mayeroff(1971)“On Caring”〔田村真・向野宜之訳(2006)『ケアの本質』ゆみる出版p185〕を参照。 9 この点については、筆者がいくつかの市民活動に関与しつつ、「参与観察」(participant observation)的に得た知見もベースにしている。 3|『地域づくり戦略』の長所と短所 こうした発想の違いについては、厚生労働省が今年3月に公表した『これからの地域づくり戦略』(以下、『地域づくり戦略』)に典型的に表れている。 これは主に市町村向けに示された資料であり、地域づくりの方法論として、(1)体操などの「通い」の場づくりを意味する「集い」、(2)近所付き合いや社会関係資本(Social Capital)と呼ばれる地域の繋がりを意味する「互い」、(3)専門職が地域の課題や課題解決策を話し合う「知恵を出し合い」――の3つを挙げた上で、それぞれの論点や留意点を示している。さらに、愛知県豊明市や三重県名張市、兵庫県養父市、高知県高知市、大分県杵築市などの先進事例を示し、3つの方法論について保険者機能強化推進交付金による財政インセンティブが受けられている点を紹介している。 筆者自身としては、『地域づくり戦略』について、前向きに評価できる点があると考えている。例えば、「不十分な所が多々あると思いますが、活用しながら進化させればよいと考え、まずは形にしました。今後、多くの方々の意見を聴く中で修正し、何度も版を改めていきたいと考えています」と冒頭に記す10など、真摯に自治体関係者と向き合おうとしている点が画期的である。 しかし、『地域づくり戦略』では住民主体の地域づくりが「2つの不足」に対応するための施策と考えられている。例えば、住民の主体性を引き出す必要性に言及している部分を読むと、「今後、高齢化が進むとともに、人手不足の時代が続きます。そのような中、介護保険も、保険給付頼りではなく、本人の力や住民相互の力も引き出して、介護予防や日常生活支援を進めていくことをもう一つの柱にしていくことが必要となる」と記している11。つまり、「2つの不足」に対応するための地域づくりという意識が先行しており、介護保険制度の持続可能性という問題意識から発想していると考えられる。こうした意識は住民の見方と乖離していると言わざるを得ない。 繰り返すが、筆者は「2つの不足」に対応するための方策として、「通い」の場や地域づくりが要らないと言っているのではない。しかし、「介護保険の財源が足りないから」「介護現場で働く労働力が足りないから」という説明は「官の論理」であり、これだけで住民の主体性を引き出せるとは思えない。現時点では「官の論理」と住民の生活の間に、大きな齟齬が生じていると言わざるを得ない。 10 厚生労働省(2019)『これからの地域づくり戦略(1.0版)』の「はじめに」を参照。 11 同上「むすび―1」を参照。 4|住民主体の地域づくりを考える視点 では、どのようにすると、住民主体の地域づくりが可能になるのだろうか。この点についても、人と人を助け合う理由と同様、介護保険制度改正の議論を超える大きな論点であり、『地域づくり戦略』が指摘する通り、「とても古くて新しいテーマ」である12。 例えば、コミュニティケアの重要性は1990年頃からイギリスで論じられており、労働党政権のブレーンを務めた社会学者、ギデンスは旧来の福祉国家を修正する際の一つの手段として、コミュニティの役割に注目していた13。オランダでも介護保険に相当する「AWBZ(特別医療費保険)」という政府中心の社会保険制度を改正し、介護保障制度の力点を自治体運営の社会支援法(WMO)という枠組みに移管しており、社会保障制度を縮小した際の受け皿として、コミュニティケアに期待する動きは日本だけに限らない14。 日本でも2000年代前半頃からコミュニティの重要性が本格的に論じられており、例えば地方分権改革や地域福祉計画の制度化が進められていた2000年前後には、地域福祉における住民参加の必要性が強調されていた15。こうした経緯を踏まえると、地域づくりの重要性は以前から論じられていたことになり、「なぜ長い間、その必要性が論じられているのに、コミュニティケアや地域づくりは進まないのか」という問いに行き着く。少なくとも日本で進まない一因として、筆者は先に触れた点、つまり「制度から発想する『官の論理』と、生活から考える住民の見方の齟齬」に求めている。多様な「通い」の場を含めて住民主体の地域づくりを本当に進めるのであれば、生活をベースにした住民の見方で考えることが重要である。 では、生活をベースに発想するために何が必要か。そのための方策の一つとして、自分が同じ立場になったことを想像することをお勧めしたい。例えば、自分が高齢になった時、行政から「『通い』の場に通え」と指示されても簡単に従うだろうか。そこに何かメリットがなければ、通いの場に足を何度も運ぶことは想定しにくい。 さらに、「官の論理」との齟齬を認識する上で、国・自治体の行政職員が地域の活動を傍観者として単に「視察」するだけでなく、住民と膝を突き合わせて雑談したり、立場や肩書を超えて活動を手伝ったりすることも重要である。表層しか分からない短時間の「視察」だけで、現場の人から本音を引き出せるわけではない。このため、フラットな関係性で長く接しなければ、制度から発想しがちな「官の論理」の問題点に気付かないだろう16。 その一例として、新しい総合事業に関する調査17を見ると、住民主体の活動が進まない理由として、「担い手不足」を挙げる回答が多い。具体的には、「サービス上の課題」を問う質問に対し、「実施主体や担い手がいない」という回答項目を選んだ市町村が多かった。筆者自身も自治体の職員や議員を相手に講演した際、「ウチの地域には担い手がいない」という質問や意見を何度も耳にしており、この結果と符合する。 では、地域に「担い手」は本当にいないのだろうか。ゴミ捨て場の掃除や雪掻き、消防団や水防団の活動、登校する児童の見守り、祭りの運営など草の根で地域活動に取り組んでいる住民は多いはずだが、そういった人達とどこまで話したのだろうか。さらに、近年は地縁型ではなく、防災や子育て、まちづくりなどテーマごとに地域の課題に取り組むNPOやボランティア組織、サークルなどが増えているが、こうした団体や組織に目を配っただろうか。民間企業との連携も考えられるが、どこまで想定しているのだろうか。 筆者が現場でダイレクトに見聞きした範囲で言うと、民間の東埼玉総合病院を中心に、埼玉県幸手市と杉戸町で展開されている住民主体による地域包括ケアの取り組みでは、連携相手を医療・介護の関係者だけにとどめておらず、団地内のコミュニティカフェや町内会、子育て支援の会、防災サークル、まちづくりのNPOなどと幅広く連携し、健康相談などを受け付ける「暮らしの保健室」18を約40カ所で定期的に開催しているほか、同院の訪問看護師や社会福祉士が住民とともに地域の支え合いづくりに努めている19。 しかし、いくつかの先進事例を除けば、ほとんどの実態は異なると見られる。例えば、新しい総合事業に関する調査20を見ると、「担い手確保のための取組の有無」を尋ねる質問(複数回答可)に対し、「講演・セミナー」が31.4%、「パンフレットやチラシの配布」が31.2%、「地域団体や地縁組織への協力依頼」が31.0%となっているが、「いずれも実施していない」と答えている市町村が32.0%に及んでいる。この結果を見ると、総合事業の実施に際して、地域で活動している住民とどこまで真摯に向き合ったのか疑問が残る。 さらに、「担い手確保を目的とした、他施策との連携状況」を問う設問(複数回答可)では図2の通り、「いずれも実施していない」という回答が63.8%を占めている。図2の回答項目は厚生労働省の政策に関係する部署に限定されているにもかかわらず、「いずれも実施していない」の回答が6割を超えている点を見ると、防災やまちづくり、観光振興など他省庁が所管する分野との連携は全く考慮されていない可能性が想定される。 以上のように見ると、「通い」の場や新しい総合事業は住民や地域社会の暮らしを豊かにする手段の一つに過ぎないのに、厚生労働省だけでなく、自治体も「介護保険」「総合事業」という狭い枠組みで、問題を考え過ぎているように映る。こうした「官の論理」に基づく考え方や議論が続く限り、住民主体の地域づくりは相当、難しいと言わざるを得ない。 12 同上「はじめに」を参照。 13 Anthony Giddens(1998)“The Third Way”〔佐和隆光訳(1999)『第三の道』日本経済新聞社〕を参照。 14 オランダの事例に関する邦語文献としては、中澤克佳(2018)「介護保険制度の持続可能性」『平成29 年度海外行政実態調査報告書』、大森正博(2011)「オランダの介護保障制度」『レファレンス』2011年6月号などを参照。 15 例えば、武川正吾(2002)「社会福祉法と地域福祉計画」大森彌編著『地域福祉と自治体行政』ぎょうせいp69では、「社会福祉法によって導入された地域福祉計画は、住民参加によって作られる総合的な計画という性格をもっており、そこでは地域組織、在宅福祉、住民参加、利用者主体などの視点が重要な意味をもってくる」と論じている。 16 この点については、筆者がいくつかの市民活動に関与しつつ、「参与観察」(participant observation)的に得た知見もベースにしている。 17 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業」(2018年度老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答は1,686団体。具体的には、4つの類型に分かれている訪問型サービスに関して「サービス上の課題」を尋ねた質問に対し、「実施主体や担い手がいない」と答えた市町村の比率は以下の通りであり、いずれのサービス類型でも回答項目の最多となっている。いずれも複数回答。 ・緩和した基準のサービス:58.7% ・住民主体型サービス:72.5% ・短期集中予防サービス:48.5% ・移動支援:65.3% 18 暮らしの保健室は元々、高齢化が進む東京都新宿区の団地に訪問看護師が立ち上げた連携拠点。秋山正子(2012)『在宅ケアのはぐくむ力』医学書院、2013年7月12日付の基礎研レポートなどを参照。 19 幸手・杉戸地域での取り組みについては、中野智紀(2019)「幸手モデルは“モデル”になりうるか?」『医学のあゆみ』Vol.268 No.7などを参照。 20 NTTデータ経営研究所(2019)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業」(2018年度老人保健健康増進等事業)を参照。有効回答は1,686団体。 5――おわりに 「人を私事から引き離し国家全体の運命に関心をもたせるのは難しい。国家の運命が自分の身の上にどんな影響を及ぼすことがあるか、よく分からないからである」21。これは民主主義社会における市民の意識について、19世紀フランスの思想家、トクヴィルが記した指摘である。トクヴィルは建国間もないアメリカの様子を視察し、貴族出身でありながら民主主義社会の到来を予見しつつ、平等になった市民がどんな行動、思考を好むか予想した。 その一つとして、平等な民主主義社会では各構成員である市民がお互いに独立しており、その分だけ弱く孤立しやすくなるため、「(注:市民の)生活は実用的で複雑であり、絶えずせかされ活動的である。そのため、ものを考える時間がほとんどない」と論じた22。その結果、市民は生活への影響をイメージしにくい「国家の運命」よりも、目の前の「私事」を実用的に優先しがちになると指摘したのである。 これは介護保険制度改革と地域づくりの関係でも当てはまる。確かに介護保険制度を巡る「2つの不足」は深刻であり、「通い」の場を含めた地域づくりが重要なことは事実だが、こうした「国家全体の運命」を厚生労働省や自治体が説明するだけでは、「私事」に関心を持ちたがる住民の主体性を引き出せない。 そのためには住民の見方に立ち、「楽しい」「面白い」「嬉しい」「参加したら少しお得」といった気持ちを如何に引き出せるか。制度を作る厚生労働省の発想を転換するだけでなく、現場を預かる自治体や専門職の創意工夫が重要となる。 21 Alexis de Tocqueville(1840)“De la Dēmocratie en Amērique”〔松本礼二訳(2008)『アメリカのデモクラシー』第2巻(上)岩波文庫p184〕。 22 同上p39。 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62044?site=nli