【不動産ニュース】まちづくりレポート|大阪の農空間づくり-大阪府農空間保全地域制度による、協働型コモンズの形成|ニッセイ基礎研究所
2019年8月1日 10時30分
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■要旨 2015年に成立した都市農業振興基本法(以下、基本法)では、第3条基本理念で、「都市農業が、農産物の供給の機能以外の多様な機能を果たしていることに鑑み、都市農地の活用保全が図られなければならない(第1項)」、「都市農業の振興施策は、都市住民をはじめとする幅広い国民の理解の基に推進しなければならない(第3項)」としている。 大阪府は、約10年前の2008年に「大阪府都市農業の推進及び農空間の保全と活用に関する条例」(以下、条例)を施行し、基本法を先取りする取り組みを行ってきた。本稿では、今後多くの都市において参考になるであろう、条例に基づく農空間保全地域制度を紹介する。 ■目次 1――大阪独自の都市農業施策   1|大阪府都市農業条例制定   2|農空間保全地域制度の効果 2――農空間保全地域制度   1|農空間保全地域の指定から地域への働きかけ   2|農空間づくり協議会による農空間づくりプランの策定と実施   3|農空間づくりプランの意義 3――農空間づくりプランの事例   1|かうち地区農と自然を守る協議会   2|太平寺地区農空間保全活性協議会 4――農空間づくりを通じた協働型コモンズの形成 ※本稿は2018年10月18日発行「基礎研レポート」を加筆・修正したものである。 1――大阪独自の都市農業施策 1|大阪府都市農業条例制定 大阪府は、都市農業の振興に最も先進的に取り組んできた地方公共団体の一つである。条例施行当時の大阪は、農業者の高齢化、後継者不足により、農業の担い手や農地が年々減少し、遊休農地が増加していた。これ以上の農地減少を食い止め、遊休農地を解消していくために、大阪の特徴を踏まえた独自の制度を必要として、この条例を制定した。大阪の特徴とは、小規模農家が多く、多くの農地が市街地の近くに立地するという、都市農業の特徴そのものである。 条例の冒頭に掲げられている、制定の趣旨を示した附則を要約すると、都市農業及び農空間は、多様な公益的機能を発揮しており、その維持増進を農業関係者だけでなく、府民一体で取り組む必要があると謳っている。これだけ見ても基本法を先取りした内容であることが分かる。(図表1) また、条例の名称にもあるように、都市農業とともに、農空間を対象としている点に特徴がある。農空間とは、「農地、里山、集落及び水路、ため池等の施設が一体として存する地域」としている1。つまり、農地だけでなく、都市農業の営みに必要な空間的要素を含めた一体のエリアを対象に、その保全と活用に取り組むというものだ。 保全すべき農空間を、「農空間保全地域」と設定し、さらにその中で、農地の遊休化が著しい区域を、「遊休農地解消対策区域」として指定して、必要な解消方策を適用しながら、遊休農地の利用を促進してきた。2016年度末までに、635ヘクタールの遊休農地を解消した。 しかし、遊休農地一筆毎の利用促進策を講じるこの制度では、農地が分散した状態のまま個々に利用を図ることになるため、利用を希望する担い手がいても、計画的で効率的な営農ができないという課題があった。超高齢社会、人口減少社会を迎え、農業従事者の高齢化や農業後継者の不足が進み、今後一層、農地の遊休化が懸念される状況からも、より計画的に農地利用を促進し、効果の高い制度への移行が求められた。 そこで、大阪府は2018年3月に条例を一部改正し、遊休農地一筆毎の利用促進から、地域単位での農地の利用促進に制度を見直した。 1 条例第2条第2項 2|農空間保全地域制度の効果 改正された新しい農空間保全地域制度を詳しく紹介する前に、遊休農地の解消を目標に、2008年から10年間取り組んできた効果はどうだったのか確認したい。 制度を設けて2年後の2010年における大阪府の遊休農地面積は1,665ヘクタールである。これに対し、5年後の2015年は、1,671ヘクタールで6ヘクタール増加している。これだけ見ると、効果が無かったと捉えられてしまう。ただし、まったく無かったとは言い切れない。その増加率は0.4%で、全国平均の6.8%に比べれば低く、近隣府県と比べても非常に低い水準であることが分かる。農空間保全地域制度に取り組んできたからこそ、増加を食い止めてきたとみることができる。 農林水産省の「荒廃農地の発生・解消状況に関する調査」で、毎年新たに発生した荒廃農地面積の状況を見ると、2015年に増加したものの、2012年以降概ね減少傾向で推移している。 新たに再生利用された面積は、2014年以降、増加しており、農空間保全地域制度の効果がはっきりと読み取れる。(図表3) とは言え、遊休農地の解消は、なかなか簡単ではないことも理解できる。それだけ、農家の高齢化、担い手の不足は深刻な状況と言えるだろう。既に、農家だけに担い手を求めるのは非常に難しい状況なのかもしれない。 だからこそ、条例を改正し、遊休農地の発生を未然に防ぐための地域単位での農空間づくりへと制度を改めた。 2――農空間保全地域制度 1|農空間保全地域の指定から地域への働きかけ (1) 農空間保全地域の指定 農空間の公益的機能を発揮させるための区域として、府が「農空間保全地域」を指定し、それを公表する。府は、指定した地域の実態調査を行い、農空間の保全と活用に関する施策を実施する2。 農空間保全地域の指定要件は、市街化区域の生産緑地地区、農業振興地域の農用地区域3、市街化調整区域内の概ね5ヘクタール以上の集団農地となっており、1万1,450ヘクタールを指定した。これは、府内全農地の86%に当たる4。 2 条例第14条 3 農業振興地域の整備に関する法律に基づき、都道府県が農業振興地域を指定し、指定を受けた市町村が農業振興地域整備計画を定め、農用地区域を設定する。農用地区域は原則農地転用できない 4 2014年1月の指定時点。大阪府資料より。 (2) 農地利用促進方策の検討(農空間保全委員会) 府は、農空間保全地域内に、営農継続が困難である農地があるなど、農空間の有する公益的機能の確保に支障が生ずるおそれがある場合に、当該地域に計画的な農地の利用を促す働きかけを行う5。その際必要に応じて、市町村、農業委員会、土地改良区6、JAやその他関係者と一緒に農地利用促進方策を検討する。 改正前は、市町村単位で「農空間保全委員会」が設置され、前述の遊休農地解消対象区域を指定する役割を担っていた。しかし、改正により遊休農地解消対象区域の指定が廃止されたことで、農空間保全委員会は主に、後述する、地域単位の取り組みに向けて、検討対象地域に対し、「農空間づくり協議会」の設立及び、「農空間づくりプラン」の策定、実施を働きかける役割に移行した。 5 条例第15条 6 土地改良区は、土地改良法に基づき、一定地域で公共投資である土地改良事業を行う農業者の団体。土地改良事業では、農業用用排水施設の整備、農地の造成などが行われる。 2|農空間づくり協議会による農空間づくりプランの策定と実施 農空間づくり協議会による農空間づくりプランの策定とそれに基づく取り組みは、改正前の制度では、遊休農地の利用促進方策の一つとして設けられていた。改正後、農空間保全地域における施策の実施は、農空間づくりプランの策定を前提に実施していく制度に移行した。農空間保全地域制度の核心をなす制度に格上げされた形だ。(図表4) (1) 農空間づくり協議会の設立 農空間保全委員会から働きかけを受けた地域は、農家や地域住民で地域の課題を共有し、今後の取り組みについて協議を行い、「農空間づくり協議会(以下、協議会)」を設立する。設立にあたっては、農家のみならず、地域から町内会・自治会、NPOなど幅広い参加を呼びかけて、構成メンバーを決定し、規約を作成する。協議会設立後、府に申請し、府はこれを認定する。 認定を受けた協議会は、農地の利用促進に関する計画策定や実施について、府から必要な支援を受けることができる。 以上は、働きかけを受けて協議会を設立する場合であるが、もちろん働きかけがなくても、地域の発意で協議会を設立することも可能だ。 (2) 農空間づくりプランの作成 協議会は、勉強会等を実施し、地域の将来像をメンバーで話し合い、それを基に「農空間づくりプラン」(以下プラン)をまとめる。 プランは、主に、地域のめざすべき将来像と将来像実現に向けた取り組みで構成され、将来像実現に向けた取り組みは、「担い手確保に関する計画」、「土地利用促進計画」、「地域活性化に関する計画」の3つからなる。 <担い手確保に関する計画> 地域の農業者、集落営農組織7の他、準農家8など地域外からも幅広く、将来の農地利用の主体となる担い手を確保する方法を明示する。 7 集落を単位として、農業用機械の共同利用、農業資材の共同購入など農業生産過程の全部又は一部について共同で取り組む組織。 8 耕作意欲のある一定の農業技術を有した新規参入者が、中間管理事業などにより、耕作する予定農地を決定し、貸借が成立すれば準農家として耕作することができる、府独自の制度。 <土地利用促進計画> 農空間づくりプランのエリアについて、土地利用のゾーニングを行い、ゾーン毎に土地利用の方針を明らかにする。次のようなゾーンが想定されており、各ゾーンの特性、将来像に応じて、プランの実現に必要な基盤整備、基盤の維持管理についても明示することが求められる。(図表5) <地域活性化に関する計画> 6次産業化やブランド化などの戦略、直売所の開設、地域住民の参加、交流を促進するイベントの実施など、地域活性化を目指す取り組みやそれを継続するための方策を明示する。 プランづくりや、プランに基づく取り組みの実施は、あくまで協議会が主体となって行うことが前提となる。府と市町村など関係機関はこうした協議会の取り組みを支援する。例えば、プランに基づく農道や水路の整備にかかる経費の2分の1を府が補助するなど、プランに応じた支援メニューを用意している。 3|農空間づくりプランの意義 条例改正前に認定を受けた協議会は、改正後の農空間づくり協議会とみなされる。現在までに、10の市町村で12の協議会が設置され、様々な活動が行われている。 農空間は農家だけで守ることはできない。個々の農家だけではできないことも、地域全体で取り組めばできることがある。農空間づくりプランは、そのような取り組みを支援するものだ。その意味で、地域住民などを構成員にすることを協議会の認定要件にしており、農家以外に、自治会や学校、老人会、消防団などを構成員にしている協議会がある。 都市農業に対する地域住民の理解を深めるねらいもある。住宅地の近くにある農空間の維持には、農業に対する住民の理解が不可欠だ。そのため一般の住民も協議会に参画し、地域の皆で農空間を守っていくところに、農空間づくりプラン導入の意義がある。 プランづくりを府が支援するといっても、プランの内容は協議会のメンバーで検討し、作るようにしている。プランに基づく取り組みも、協議会メンバー同士が協力して行うことが前提だ。水路、農道の整備といった農普請も、土木業者に委託するのではなく、自分たちで行う協議会もある。 農村集落ではこれまで当たり前に行われてきた農家同士の協働による集落環境の保全活動に、地域の住民が加わることで、必然的に地域力を高めることにつながる。さらに、各協議会は、このような農業環境を整備する活動の他、児童や生徒の農体験や住民同士の交流機会を実践しており、農地がコミュニティの醸成に活かされている。(図表6) 3――農空間づくりプランの事例 農地の地理的な条件による営農環境の悪さも、遊休農地解消の妨げとなる。耕作の再開は、どうしても平地部の耕作しやすいところが先行する。営農環境を整備した上で貸借を促進するが、中山間部のように、トラクターや軽トラックが入れない農地を借りて耕作する人はほとんどいない。しかし、少ないながら、中山間部の遊休農地で耕作が再開された例もある。次に紹介する、農空間づくりプランの事例のひとつ、「かうち地区農と自然を守る協議会」の取り組みは、営農には不利な環境を逆手にとって、里山集落の魅力を最大限生かして、地域を活性化させようとしている。 もう一つの、「太平寺地区農空間保全活性化協議会」は、将来的に後継者が営農しやすい環境を整えつつ、遊休農地を借りて耕作する新しい担い手との交流や、地域の子どもたちの農体験交流を通じて、地域ぐるみで農空間を保全しようとしている。 いずれも条例改正前からの取り組みであるが、改正後のプラン作りにおいて参考となる先行事例と言えよう。 1|かうち地区農と自然を守る協議会 近鉄長野線富田林駅から路線バスに乗り、20分ほどで河南町河内地区に着く。到着してまず驚くのが、市街地からこんなに近い距離に里山集落があるということだ。集落の入り口手前には新興の住宅団地もあり、買い物帰りと思しき住民が多数降り立った。「大阪の農業はほぼすべて都市農業」と府の担当者から聞いたが、その意味がよくわかる。 (1) プラン策定の経緯 「河南町かうち地区農と自然を守る協議会」(南河内郡河南町)の事務局長、浅川賢二さんに話しを伺った。協議会の設立は2016年で、同年農空間づくり協議会の認定を受け、「河南町かうち地区農空間づくりプラン」を策定した。 協議会を設立するきっかけとなったのは、前年に浅川さんが勤務する専門学校農業科の実習の場として、浅川さんの妻の実家が保有する農地を活用したことだった。かうち地区の農地は山あいにある棚田で、農耕機具を運び入れることが困難だ。高齢化が進行するにつれ、維持することが難しくなり、耕作放棄地が増えていく現状があった。そうしたことから、週3日、学生が実習を行うことで遊休農地を活用することを地区に提案したのだ。 また、農地にはトイレがなく、耕作以外の実習の場も必要だったことから、空き家となっていた麓の古民家を借りることにした。老朽化が進んだ古民家の再生も実習の一環として学生が手がけた。以降は、土間にあるかまどを使った料理の授業を毎週1回行うようになった。その古民家が現在の協議会の活動拠点となっている「かわち夢楽(むら)」だ。協議会代表は古民家の所有者である。 協議会には、地区の自治会、農業実行組合、老人会、消防団といった地元団体の他、地域の主要な企業と、実習を行う学校法人が参加している9。 9 2018年3月時点 (2) プランの内容と取り組み 農空間づくりプランの柱は「遊休農地の活用」、「空き家を活用した農空間保全活動」、「食と医療・福祉との連携による農空間の活用」の3本である。これに沿って、農業科学生の研修の他、行政と連携した遊休農地の再生と無農薬栽培の実践的研究、かわち夢楽での各種イベントの開催などを実施してきた。 (3) 今後展開予定の事業 浅川さんは、今後の事業展開として、様々なアイデアを実践しようとしている。その一つが「農泊」である。インバウンド旅行客の増加も見据えて、地区で宿泊しながら、農体験も含めて、この地区ならではの体験、交流機会を提供するものだ。そのため、農作業体験の場としてのさらなる遊休農地の活用、宿泊や交流機会の場としての空き家の活用、様々な体験機会を提供する団体との連携といった準備を進めている。 研修を行っていた専門学校は、2017年度いっぱいで農業科を廃止した。そのため協議会からも学校法人が外れた。浅川さんはこれを機に、その学校法人を退職し、協議会の事業に専念することにした。しかし、研修という機能は継続しようとしている。人材活用事業として就農希望者などが地区で無農薬栽培の技術を学ぶ場を用意して受け入れる。研修終了後は、事業の担い手として雇用し、空き家を活用して居住してもらうことも視野に入れている。こうした環境を整え、新たに大学や企業に働きかけて、研修の場としての活用を広げていきたい考えだ。 (4) ビジネス展開の意義 このように、かうち地区は地域の資源を活用し、新たなビジネスを創出しようとしている。そのために、協議会を母体にしつつ、ビジネスを手がける法人の設立を予定している。当然、地区住民の雇用も想定している。浅川さんがビジネス化にこだわるのは、地域の実情を冷静に分析しているからだ。 地区内の農家の多くは兼業か、専業でも年金暮らしで自家消費分のみ栽培しているかである。後継者がいなければ農地を維持していくことは困難だ。また、農耕機具を入れられない棚田での収穫は人手に頼らざるを得ない。ところが対価を支払っていては収益が出ない。農業生産を主体にしているだけでは地域経済は活性化しない。若者は流出し、耕作放棄地が増え、空き家が増加する。 一方で、地区の環境は魅力にあふれている。棚田、集落の景観、おいしい水と作物、多様な生き物が生息する自然。さらに大都市中心部に近いという立地条件。こうした資源を活用して、地域が自立できるビジネスにすることで、農地を守り、古民家を再生し、地域の担い手を得ていこうとしているのである。 2|太平寺地区農空間保全活性協議会 太平寺地区(堺市西区)は堺市の中心部から南東方面に直線距離で7~8キロメートルほどにある。一帯は高速道路や幹線道路に囲まれ、沿道には巨大なショッピングセンターもあり、一見ここに農地があるようには感じられない。 ところが、幹線道路から集落に入り、民家の脇をすり抜けると、そこには一面田んぼののどかな風景が広がっていた。遠くに少し小高くなったところがあり、ここ一帯の水源になる、ため池があるのだという。地区全体で約30ヘクタールの農地を90軒ほどが所有している。太平寺農空間保全活性協議会の井上雅史会長と、木寺由男副会長に話を伺った。 (1) プラン策定の経緯 太平寺農空間保全活性協議会の発足は2011年6月。地区の自治会及び水利組合が中心となって立ち上げた。地域の高齢化、それに伴う遊休農地の増加が課題になっていた。その背景には農地に農耕機材を搬入できる道路がなく耕作を困難にしている状況があった。そうしたことからかつて、圃場整備事業の導入を検討したこともあったが実現しなかった。 そのような経緯もあり、大阪府の勧めもあって協議会を設置し、同年、「太平寺農空間保全活性化計画(現在の農空間づくりプラン)」を作成した。 (2) プランの内容と取り組み したがって、プランは農道整備が主となっている。農道は次のように整備する。既存水路両脇のあぜ道を農地所有者が供出して拡幅し、水路にコンクリートの蓋をして、軽トラックを入れることができる約2.2mの幅員を確保する。これにより、既に幅員が確保されている道路と田をつなぎ、すべての田に農道から農機具を運び入れることができるようにする計画だ。これまで約640m整備し、2020年完了を目標に進めている。 整備費用の1/2を府が補助し、1/2は地元負担になるが、必要な資材も多くを府が負担するため、人足を自分たちでまかなえば、金銭的な負担は小さくなる10。そうしたことを考慮して、稲刈りが終わり、田植えが始まるまでの農閑期に会員10名程が集まり整備を行う。現在までに8割が完了し、あと2年ほどですべて整備する状況だ。 農道がない頃は、トラクターなどを自分の田に入れるために、他人の土地を経由しなければならず、田植えの時期にはそのための調整が必要だった。農道ができたことでそうした配慮が必要なく自分の都合で田植えができるようになり、効率化して負担が軽減した。 このように農道を整備することは、耕作を効率化し、生産性を高める効果がある。しかし、当地区のように多くの農家が比較的小さい面積の農地を保有している地域で、それを実現するには一定の条件が伴う。農家同士の協力と計画的な推進。そしてそれを後押しする仕組みである。つまり、当地区の農道整備は、協議会という農家同士が協力する場を設け、協議会が主体的にプランを作成し、それを補助等によって府が後押して実施するという、この制度があったからこそ成立したのだと言えよう。 10 例えば整備費用が、材料代60万円、労務費(人件費)40万円、合計100万円の場合、労務費分を労働提供により地元負担とすることができるが、事業費の1/2をこえる分の材料代10万円は地元で負担する。 <交流事業> 農空間づくりプランのもう一つの柱は、交流事業である。地域住民や、周辺住民などと農を通じて交流し、農に対する理解を深めてもらうことを意図している。これまで、地区内にある幼稚園や近隣の高等学校と連携した事業を行ってきた。遊休農地に芋を育てて、幼稚園児が芋の植え付け、芋ほりをする。高校生が田植え、稲刈り体験をする。昨年から、幼稚園を会場に年4回マルシェを実施している。収穫した作物を持ち寄り直販売し、毎回、園児の保護者や地域の人たちで賑わう。これには地区内で耕作する準農家4名も参加している。 準農家は必ずしも地域の人ではないが、地域の農地を維持する担い手として欠かせない存在となっている。交流事業は農家と準農家が意思疎通を図り、交流する機会としても重要な役割を果たしている。 会長の井上さんは、こうした交流事業について、「子どもたちに農作業を体験してほしい思いがある」と話す。そこから何か得るものがあったらいいと考えている。体験する子どものほとんどは農家ではない。だからこそ農業への理解につながる交流事業を重要だと考えている。 (3) 今後の展望 今後の地区の展望については、「現在の経済環境や法規制の状況を考えれば、少なくとも今後10~20年、地区の状況は変わらないだろう。新しい施設の立地や大規模な開発は起こらない。今の景観を維持していくしかない」と話す。そのときの課題は次の担い手である。 地区の農家のほとんどが兼業だ。稲作は、実は兼業しやすいという。田植えをしてからは、朝、田の様子を見て、後は休日に手入れをすればよい。井上さん自身も会社勤めをしながら耕作してきた。定年退職してから専業となったが、次の代はそれも難しくなると考えている。後継者候補も皆会社勤めをしているが、定年が延長され70歳になって地域に戻っても、それから農業を続けるのは体力的に困難ではないかと言うのだ。そうしたこともあり、後継者を得られるかどうか不明な農家が多く、一番の不安材料ではあるが、次の世代が少しでも楽に農業を続けていくことができる環境を整えることが重要だと考えている。そうした思いで、地区の現業農家皆で協力してこうした取り組みを進めている。 農空間づくりプランは、耕作放棄地の有効活用を入口としているが、次世代に向けて農業継続しやすい環境を整備し、農地を保全することに効果を発揮することも期待されているのだ。 4――農空間づくりを通じた協働型コモンズの形成 大阪府は、プラン作りを通して、農家と地域住民が共に地域のあり方を考え、行動することが重要と考えている。また、各協議会の取り組み状況から、プラン作りの効果は高く、今後は改正制度の下、協議会をさらに増やしていきたいとしている。 ここから分かるのは、都市農業は地域で支えていくことが重要ということである。古くから農村集落では、同じ地域の農家同士で、営農や生活に必要な水路、山林等を共同利用、協働管理することが行われてきた。水路や山林、そこで得られる恵みを集落共通の価値として農家同士共有しているからこそできる行為である。農村集落のコモンズと言うことができる。コモンズとは、入会地、共同利用地を指すとともに、それらを成立させる制度や組織を意味する。 これに対し、市街地に点在し、もしくは市街地に接して農地がある都市農業では、農業者同士の協力はもちろんのこと、周辺住民の理解、協力が不可欠になる。それには、農地とそこで営まれる農業が、地域住民にとっても共通の価値として共有される必要がある。 都市農業振興基本法は、都市農業の多様な機能の適切かつ十分な発揮が、良好な都市環境の形成に資すると謳っている11。多様な機能とは、新鮮な農産物の供給、農業体験・学習、交流の場、良好な景観の形成、都市住民の農業への理解醸成、国土・環境の保全、災害時の防災空間など12である。 地域住民がこれら多様な機能を享受できるのであれば、農のある環境をその地域共有の価値と捉えることができよう。そこに、同じ地域に暮らす農業者と住民が協働で地域の環境を守り、育て、高めることに取り組む動機が生まれる。協働とは、異なる立場の主体が同じ目標、目的に向かい、協力して活動することだ。生産者と消費者という異なる立場の、農業者と都市住民による、都市農業を通じた協働型コモンズである。 その意味で、大阪府の「農空間保全地域制度」は、農空間づくりを通じて、都市に協働型コモンズといえる関係を作り出すきっかけを与えることに成功していると言える。農空間がコモンズであり、農業者と住民等からなる協議会の取り組みによってそれを成立させている。 都市農業振興基本法の成立、都市農業振興基本計画13の策定によって、「農地は都市にあるべきもの」とされたことから、今後は、いずれの都市においても、都市農地を農地として保全・活用することがまちづくりの基本になる。そのためには、農の営みがそこになければならず、それを支える協働型コモンズは、いかなる地域においても求められてくるはずだ。その際、農空間保全地域制度は、大いに参考になるだろう。 11 都市農業振興基本法第1条目的 12 基本法第3条 13 都市農業振興基本法(平成27年法律第14号)に基づき、2016年5月に閣議決定。 (謝辞)本稿執筆に当たり、本文中でも触れたとおり、かうち地区農と自然を守る協議会、大平寺地区農空間保全活性協議会、大阪 府環境農林水産部農政室整備課に、ヒアリング、資料提供の面で協力いただいた。深謝申し上げたい。 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62061?site=nli