【地球不動産ものがたり -Real estate of the earth-】ニューヨーク USA
2019年11月28日 07時30分
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~ 海外における都市開発の歴史などを毎回ひとつの国、そして都市に注目してスタッフ目線で語っていきます。今日はニューヨークを訪れます ~  NYかロンドンに行くぞ!と思いヴィクトリノックスのダウンを買ったのは、かれこれ12年前のこと。2月の安いチケットはありがたいのだけど、どちらの国も2月はめちゃくちゃ寒い。という事で氷点下25度まで対応のダウンにしたのを覚えています。外面から揃えて気分を盛り上げる筆者です。2月ごろのNYは、雪の世界というより、氷の世界で、乾燥していてゾクゾクする感じ。雪国育ちの筆者は、逆に寒さに弱く怯えるばかりです。  最近でいえば海外ドラマの「SUITS」の舞台もNYでしたね。サラ・ラファティ演じるドナみたいなセクシーでカッコいい女性が、しゃなりしゃなりと活躍しているのでしょうか。などと想像してみたり。  12年前に鼓舞するために購入したヴィクトリノックスのダウンも、すでに相当くたびれてしまって、袖には擦り切れ防止のパッチワークをされつつ、筆者の冒険を静かに待ち続けています  さて、あこがれのニューヨークですが、アメリカ大統領であるドナルド・トランプさんのビルって何件あるんでしょうか。気になったので調べてみました。主だった不動産資産ですと… ・トランプ・タワー 竣工1983年 58階建 202m ニューヨーク市マンハッタン区 5番街725号 ・トランプ・ワールド・タワー 竣工2001年 72階建 262m ニューヨーク市マンハッタン区 1番街、47丁目と48丁目の間  ・アクサ・フィナンシャル・センター 竣工 ニューヨーク市マンハッタン区 6番街 ・トランプ・ビルディング(40 Wall Street) 竣工1930年  71階建 283m ニューヨーク市マンハッタン区 ウォール街40号  住居には、ビルゲイツやビヨンセなど、超一流のセレブ達が住んでいる、とてもゴージャスな不動産資産の数々。ただ省エネには対応していないビルが多いようです。  その一方で、所有者は変わりますが エンパイアステートビル 竣工1931年  アールデコ様式のニューヨークを代表する美しい高層ビル。かなりの老舗ですよね。とても古い建物ですが、省エネ対策の為、大規模な改修工事を5億5000万ドルかけて行っています。  6500枚以上の窓ガラスを取り替え断熱性を高め、67基のエレベーターを交換し、300万個の電球も総入れ替えで、消費電力の40%をカットする計画なのだとか。40%も削減できたら、エコだけでなく光熱費もかなり抑えられますね。  省エネ改修をするのに最も向いていないのは、1970年頃以降の建物の中で、全面ガラス張りの高層ビル。「省エネしないと税金取るぞ」という風潮はますます強くなっていく中、ニューヨーク州の省エネを求める新法がどう固まっていくのか、行方を見守りたいと思います。高層ビルが200以上も立ち並ぶマンハッタン島の下には、高層ビル向きの硬い地盤が横たわっています。ニューヨークは、ニューヨークになる前の大昔から、先住民インディアンの部族間で物々交換を行う場として賑わっており、インディアン時代から商業が盛んなエリアでした。  1613年に現在のグランドゼロ(世界貿易センタービル跡地)の場所でオランダ人による毛皮の取引が始まります。同時にオランダによる入植が始まり、オランダ人だけではなくスペイン人、ユダヤ人、黒人奴隷もこの毛皮貿易のために移住してきました。  ニューネザーランドの北アメリカ植民地第3指揮官のミヌイット(オランダ人)は、先住民レナペから”マンハッタン島“を小さな装飾品で購入しました。  オランダの商人ピーター・シャゲーンがオランダ東インド会社の取締役に宛てた手紙には、「マンハッタンは商品(60ギルダーの価値)で購入された」と書かれていました。当時の23-24ドル、現在の1050ドルぐらいの価値の装飾品だったとか。こんな風に当時は土地取引が行われていたんですね。  当時の酋長さんは、土地を売買する商品と認識していたのでしょうか。自然を崇拝していたインディアンの文化を考えれば、そうではなかったと思う。例えば、インディアンが行なっていた焼き畑農業も、”大地に刃物(クワ)を入れるのは、大地が生き物なのでけしからん“という考えで、畑をおこさない農業スタイルとなったそう。そんな人たちが「このビー玉きれいだからその島と交換するわ」とは言わないと思う。  作家のナサニエル・ベンチリーによると、ミヌイットは、「カナック湖のチーフであるセイシーズと取引を行ったが、セイシーズは、ウェッククエスギークによって支配されていた島と引き換えに貴重な商品を受けとり、幸せだった」と書いています。部族間の裏切りがあったのでしょうか。確かではないですね。  オランダ国立図書館の研究者によると「多くの部族が夏と冬の四半期の間に移住したため、実際的な面でも水、空気、土地の取引は難しいでしょう。両当事者は、まったく異なる解釈の販売契約をしたと結論付けることができます。」と語っています。  おかしい取引だと気づいた先住民たち、激しく抗議するも武力で抑え込まれてしまいます。最初はインディアン優勢でしたが、オランダ祖国の力も借りてねじ伏せられました。  土地取引の詐欺は、その後に入植したイギリス人も行っています。ラッパウィンソー酋長(レナペ・デラウェア族の長)に1日半で歩いて回れるだけの土地を売ってほしいと言う契約を交わします。14人の屈強な男達に土地を歩かせて4,860㎢の土地を買い取りました。しかしその契約書には酋長のサインはありません。インディアンは文字を持たない為なのかもしれませんが、そもそも契約は後付けで、成立していなかった可能性があると言われています。 その後、入植者同士オランダとイギリスの小競り合いが続き、イギリスが勝利します。  先住民インディアン達は、イギリス人や、のちにイギリスから独立したアメリカ人によって部族等に関係なく、西部に追い出されてしまいます。最終的にはオクラホマ州に強制移住させられています。強制移住を強く拒んだ残りの部族は東北のニュージャージー州に移り、現在は州政府にもインディアン部族として公認されています。土地取引について数々の裁判が行われたものの、インディアンが勝った訴訟はありません。  マンハッタンは地図上で見ると、バルセロナ、奈良、京都、や札幌のように碁盤の目になっています。これはCommissioners' Plan of 1811と呼ばれるマンハッタン開発計画で起案された道路を碁盤の目のように配置する方格設計で、歴史上最も著名な方格設計と言われています。  筆者は学生時代を札幌で過ごしたので、碁盤の目には馴染みがあります。札幌は縦が東西、横が南北。ニューヨークは、縦がアヴェニュー、横がストリート。フムフム、親しみのある札幌に近い設計だし、迷わず歩けそうな気になってきます。  マンハッタンは、1500年よりももっと昔、先住民族のインディアン(Lenape)が住んでいた頃から、マンハッタンという名前で呼ばれており、彼らの言葉で“丘の多い島”という意味なのだとか。ブロードウェイも彼らが開拓した道で、現在も主要な幹線道路として使われています。  インディアンの森からウェスタンのコンクリートジャングルになってしまったニューヨークですが、どこかに先住民インディアンたちの痕跡が残っていそうな気がします。思い切って極寒の2月に行くか、穏やかな夏に行くのか迷います。2月は会社の決算もあるし、夏にするかな・・・なんて思ったり。